海外拠点の人材確保が難しくなる今、日本本社が取り組むべき人材定着

海外子会社の部門責任者が退職したとします。人事はこれまでと同じように後任ポジションの採用を開始します。しかし3か月が経っても採用は決まらず、候補者リストは前回よりも少なく、穴を埋めているマネージャーにも疲労がたまり始めています。
東京本社で「海外の人材採用は2年前より構造的に難しくなった」と明確に判断した人はいません。それでも実態は静かに変化しており、年次の予算策定はその変化に追いついていないのです。
本記事では、このギャップを取り上げます。特に、日本本社だからこそ問い直せるにもかかわらず、十分に議論されてこなかった一つの問いに焦点を当てます。
海外拠点で退職者の後任を採用することが明らかに難しくなっているのであれば、今いる人材を定着させることにも、従来の採用活動と同じレベルで本社が目を向けるべきではないでしょうか。
データが実際に示していること
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JETROの2025年度世界調査では、82の国・地域にある日系企業7,485社のうち、31.9%が「2年前と比べて人材確保の状況が悪化した」と回答しました。 JETROのASEAN6か国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)に関する分析では、域内の日系企業の36.2%が人材確保環境の悪化を回答しました。さらに、悪化したと回答した企業のうち、81.9%が一般従業員・ワーカー、60.5%が専門人材、46.5%が管理職の確保に苦戦していると回答しています。 同じASEAN6か国分析では、企業の採用・定着施策が一つの手段に限られていないことも示されています。61.4%が給与待遇を改善、60.9%が福利厚生または職場環境を改善、32.3%がスキル・キャリア開発支援を拡充、28.1%が採用手法を多様化、27.9%がイベントやコミュニケーション機会を拡充、25.1%が働き方改革または柔軟性向上に取り組んでいます。 (出典:JETRO「2025年度 海外進出日系企業実態調査(グローバル編)」、JETRO「2025年度 日系企業調査(第2回):ASEANで激化する市場・人材獲得競争」) |
これらのデータから直接わかるのは、海外で事業を展開する相当数の日系企業において、人材確保が現実的かつ広範な課題となり、さらに悪化しているということです。またASEAN6か国の日系企業は、採用費の増額だけでなく、給与・福利厚生の改善、キャリア開発支援、採用手法の多様化、社内コミュニケーションの強化、柔軟な働き方など、複数の施策をすでに実施しています。
一方、このデータは、個々の従業員がなぜ特定の企業を退職したのか、駐在員によるマネジメント、報酬、キャリア形成、日本本社の関与などが退職の原因だったのか、あるいは上記の特定施策が離職率を下げることを実証したものではありません。
これらの因果関係は調査対象ではなく、本記事でもそのような主張は行いません。
採用強化だけでは限界がある理由
日本本社として、ここで明確にしておくべきロジックがあります。採用対象となる人材プールが2年前より明らかに逼迫しており、JETROのデータもその傾向を示しているのであれば、退職者をその都度採用で補うことだけに依存する戦略は、業務上の負担が増えるだけでなく、構造的にコストも高くなっていきます。退職者が出るたびに後任採用により多くの時間がかかり、採用できる候補者には、前任者を採用した当時より高い報酬水準を提示しなければならない可能性も高まります。
Reeracoenでは、この状況は単なるコストの問題ではなく、組織のインセンティブにも関わる問題だと捉えています。退職者の補充採用にしか予算を割かない企業は、代替人材を確保する市場が厳しくなっているにもかかわらず、退職者数は今後も予測可能で管理できる範囲に収まることを暗黙の前提にしています。
これは単なる人事上の不便ではなく、実際の事業リスクです。だからこそ、海外人材戦略は現地の採用予算だけに任せるのではなく、日本本社の事業計画そのものの議題として扱う必要性が高まっています。
本社と現地の連携というもう一つの課題
ここでもう一つ、JETROの調査結果を加えて考える必要があります。JETROのアジア・オセアニア調査では、特にデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みにおいて、本社主導の施策と海外子会社側の対応をすり合わせることの難しさが、具体的な運営上の課題として挙げられています。
これは、上記の人材確保の問題とは別に、本社と現地拠点の連携に摩擦が生じることが、地域の日系企業にとって実際に確認されている課題であることを示しています。ただし、このJETROの指摘はDX施策に関するものであり、あらゆる本社・現地間の連携に一般化して読むべきではありません。
Reeracoenでは、この2つの調査結果は実務上関連していると考えています。現地従業員と日々向き合っているマネジメントから十分な意見を得ず、東京本社だけで人材定着戦略を設計すれば、JETROが別の文脈で示しているのと同様の連携上の摩擦が生じる可能性があります。
これはReeracoenによる解釈であり、JETROの調査が直接検証した内容ではありません。
日本本社のための実践的な人材定着フレームワーク
以下の5つの領域は、アジア各地で日系企業の採用を支援してきたReeracoenの経験と、上記のJETROデータを踏まえて作成した独自の実践フレームワークです。JETROのデータによって検証されたモデルではなく、JETROの各調査がこの5領域を一つの枠組みとして測定しているわけでもありません。離職率を確実に下げる公式ではなく、海外人材戦略を見直すための整理された出発点としてご活用ください。
報酬
海外進出時の事業計画で設定した前提や、日本本社から見て妥当と思える水準ではなく、現在の現地市場データを基準に報酬をベンチマークしてください。JETROのASEAN6か国分析では、人材確保の難しさへの対応として、61.4%の企業が給与待遇を改善し、60.9%が福利厚生または職場環境を改善しています。報酬を据え置くことも、何もしない中立的な選択ではなく、競争上の一つの意思決定であると捉える必要があります。
キャリア
現地従業員にとって、昇進や役割拡大への道筋が「制度上存在する」だけでなく、実際に見える状態にしてください。能力の高い現地人材でも、より大きな責任を担うまでの現実的な道筋が見えなければ、次のステップを具体的に描ける人材に比べて、会社にとどまる動機は弱くなります。
人材育成
組織に必要な能力を採用だけで補おうとせず、今いる人材の育成にも投資してください。JETROのASEAN6か国分析では、32.3%の企業が採用・定着施策としてスキル開発やキャリア開発支援を拡充したと回答しています。これは机上の提案ではなく、企業がすでに実施している現実的な対応策の一つです。
権限
人材定着の責任を担う現地リーダーには、自分のチームに関する実質的な意思決定権を持たせる必要があります。採用、報酬、評価・承認に実質的な影響を持てない現地マネージャーに、本人が変えられない結果について責任だけを負わせることになってはいないか、確認してください。
本社とのつながり
日本本社と海外拠点の従業員との間に、現地マネジメントだけを介さない、意図的かつ定期的なコミュニケーションと評価・承認の機会を設けてください。大がかりな仕組みである必要はありません。規模よりも、継続して実施することが重要です。
海外人材戦略を見直すためのチェックリスト
1. 過去2年間の海外拠点における退職者数と採用充足までの期間(time-to-fill)のデータを確認し、JETROの地域データが示す方向と同様の変化が自社でも起きていないかを確認する。
2. 現在の報酬ベンチマーキングの見直し頻度と、JETROのデータから見える市場変化のスピードを比較する。海外進出時に一度設定した基準と、毎年見直している基準は同じではない。
3. 現地リーダーに直接確認し、自分のチームの採用、報酬、評価・承認について、形式的な報告ライン上の責任だけでなく、実質的な決定権を持っているかを把握する。
4. 現在、後任採用が最も難しい職種を特定し、定着施策をチーム全体に一律で配分するのではなく、そうした職種を優先的な人材定着対象として扱う。
5. 特定の退職が起きたときだけ議論を始めるのではなく、このフレームワーク全体を定期的に見直すための固定スケジュールを設定する。
海外拠点の人材定着戦略をReeracoen Japanと見直す
Reeracoen Japanは、海外拠点における人材・定着戦略を見直す際の戦略的な相談窓口です。アジア各地のReeracoen専門コンサルタントと現地市場での知見を活用し、貴社の状況に応じた検討を支援します。具体的な課題について、ぜひ当社コンサルタントにご相談ください。
よくある質問
JETROのデータは、日系企業に人材定着の問題があることを証明していますか?
いいえ。JETROのデータが示しているのは、海外で事業を展開する相当数の日系企業において、人材確保が難しくなっているということです。世界全体では31.9%、ASEAN6か国では36.2%が人材確保環境の悪化を回答しています。ただし、この調査は人材定着率や離職率そのものを直接測定・検証しているわけではなく、すべての日系企業に人材定着の問題があることの証拠として読むべきではありません。
駐在員によるマネジメントや日本本社の関与が、従業員の退職原因になっているということですか?
いいえ。引用しているJETROのデータは、その点を測定していません。各調査が示しているのは人材確保が難しくなっているという事実であり、特定企業の従業員がなぜ退職したのかを特定しているわけではありません。本記事でも、駐在員によるマネジメント、報酬、日本本社の関与などが退職を引き起こしているとは主張していません。
JETROのASEAN6か国データでは、どの職種の確保が特に難しいとされていますか?
JETROのASEAN6か国分析によると、人材確保環境が悪化したと回答した企業のうち、81.9%が一般従業員・ワーカーの確保、60.5%が専門人材の確保、46.5%が管理職の確保に難しさを感じていると回答しています。
JETROの調査は、特定の人材定着施策が離職率を下げることを証明していますか?
いいえ。JETROのASEAN6か国分析は、人材確保の難しさに対して企業が実際にどのような施策を取っているかを示しています。給与改善、福利厚生の改善、キャリア開発支援の拡充、採用手法の多様化、コミュニケーション施策の拡充、柔軟な働き方の導入などが含まれます。ただし、特定の施策が実際に離職率を下げるかどうかを測定した調査ではありません。本記事の5領域のフレームワークはReeracoen独自の実務ツールであり、JETROが検証したモデルではありません。
海外拠点の人材定着戦略は、日本本社だけで決めるべきですか。それとも現地マネジメントだけで決めるべきですか?
本記事が推奨しているのは、そのどちらかに全面的に寄せることではありません。Reeracoenの採用支援経験に基づく実務的な考え方では、海外人材戦略を単なる現地の採用課題として扱うのではなく、日本本社が経営課題として十分に関与する必要性が高まっています。一方で、日々の人材定着施策を実行する現地リーダーには、実質的な権限が必要です。適切なバランスは、各海外拠点の状況によって異なります。
著者について
Valerie Ong(ヴァレリー・オン) / Reeracoen Group Regional Head of Marketing
Valerieは、Reeracoen Groupのアジア全域におけるコンテンツ制作と市場分析を統括しています。Reeracoenの各分野に精通した採用コンサルタントと緊密に連携しながら、採用データ、給与水準、労働市場の動向を、企業やビジネスパーソンが活用できる実践的な情報として発信しています。その活動には、「Salary Guide」「Hiring Pulse」「Hiring Manager Survey」をはじめとする、Reeracoen独自の調査データが活用されています。
参考資料
JETRO. (2025). FY2025 Survey on Business Conditions of Japanese-Affiliated Companies Overseas (Global Edition).
https://www.jetro.go.jp/en/news/releases/2025/04461099867183d4.html
JETRO. (2026). FY2025 Survey on Business Conditions of Japanese Companies Operating Overseas (Asia and Oceania).
https://www.jetro.go.jp/en/news/releases/2026/7dc6068af2960be9.html
JETRO. (2026, April 7). FY2025 Japanese Company Survey (Part 2): Intensifying Market and Talent Competition in ASEAN.
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2026/7c8e3c2dff5e4db5.html
免責事項
本記事は、公開時点において信頼できると判断したJETROの公開調査およびReeracoen独自の採用支援経験に基づき、Reeracoenが作成したものです。一般的な情報提供および教育を目的としており、専門的な人事、法務、財務に関する助言を提供するものではありません。本記事で紹介するコンサルティングフレームワークは、引用しているJETRO調査を参考にしたReeracoen独自の実務ツールであり、JETROが検証・承認したものではありません。各社の状況に応じて適切に判断のうえご活用ください。事業上の意思決定を行う際は、必要に応じて各社の状況に即した専門家の助言を受けることを推奨します。市場環境は変化する可能性があり、本記事の情報は公開日時点で入手可能なデータに基づいています。




