シンガポール・ベトナム・台湾 日系企業の報酬ベンチマーク

September 30, 2026 11:00

シンガポール、ベトナム、台湾で事業を展開している企業なら、次回の計画会議でリージョナルの報酬戦略を担当する方に、ぜひ確認してほしいことがあります。自社の報酬方針は、それぞれ異なるリスクに対応した「3つの別々の戦略」になっているでしょうか。それとも、1つの基準額を現地通貨に合わせて多少調整し、3市場に共通して適用しているでしょうか。この地域で事業を展開する多くの日系企業では、実態は後者に近いと考えられます。そしてReeracoenが3市場で収集したデータを見ると、その前提は少なくとも1市場、場合によっては3市場すべてで、実際のリスクにつながる可能性があります。

 

 

本記事では、シンガポール、ベトナム、台湾におけるReeracoen独自のデータを横断的に取り上げます。これまで紹介してきたベトナムの採用動向や、台湾における日系企業の採用環境に関する分析も踏まえながら、各市場で報酬戦略を設計する前に日系企業が押さえておくべきポイントと、3市場を一つの戦略で捉えることにどのようなリスクがあるのかを解説します。

 

シンガポール:安定した賃金上昇、定着の鍵は「給与以外も含めた総合的な価値」

Reeracoenの「Singapore Salary Guide 2025/2026」では、2026年に向けた平均賃金上昇率は約4.0~4.3%へと緩やかになると予測されています。一方で、AI、データ、サイバーセキュリティ分野の人材には引き続き明確なプレミアムが見られ、クロスボーダー業務では、日本語話者を含むバイリンガル人材が安定して高い賃金水準を維持しています。2025年の製造業の離職率は26%に達しており、同業界では給与だけでは人材定着の課題を解消できていないことがうかがえます。

 

また、Reeracoenの「Beyond the Paycheque Employee Sentiment Study 2026」では、従業員が挙げる定着要因の中で「十分な昇給」が最も強い要因である一方、福利厚生、ワークライフバランス、柔軟な働き方、明確なキャリア形成といった非金銭的な要素も重視されていることが分かりました。シンガポールでは、給与額だけでなく、福利厚生や働き方、キャリア形成など、従業員が重視する要素を含めた『働く上での総合的な価値』を提供できるかが、報酬戦略上の重要なポイントになります。

 

ベトナム:採用効率をめぐるパラドックス

Reeracoenの「Vietnam Hiring Study 2026」からは、ベトナム特有の構造的なリスクが見えてきます。企業の84%が2026年に新規採用者の給与が上昇すると予想している一方、それに合わせて採用予算を増やす予定の企業は43%にとどまります。つまり、採用を支えるリソースが同じ割合で増えない中で、より高い報酬水準で、より多くの人材を採用することが求められているのです。

これは単なるベトナム特有の現象ではありません。報酬水準に対する期待と予算の現実との間に生じるギャップへの警告でもあります。現地の採用環境を直接把握しないまま、遠隔から採用方針や期待値を設定している企業ほど、このギャップを過小評価するリスクがあります。

 

台湾:市場相場の報酬は「最低条件」であり、競争優位ではない

台湾の日系企業について以前の記事でも取り上げたとおり、年間昇給率は2.1~4.0%に集中し、平均は約3%です。また、年末賞与2か月分が最も一般的な市場水準となっています。Reeracoen Taiwanの分析が示すポイントは明確です。この水準を満たすことは採用上の障壁を取り除くことにはつながりますが、それ自体が競争優位になるわけではありません。台湾で市場相場の報酬を自社の差別化要因と考えている企業は、定義上、報酬だけでは差別化できていないことになります。

 

3市場、それぞれ異なる報酬環境

 

シンガポール

ベトナム

台湾

報酬トレンド

2026年の平均賃金上昇率は約4.0~4.3%の見込み

84%の企業が新規採用者の給与上昇を予想

年間昇給率は2.1~4.0%が一般的、平均約3%

主な構造的リスク

製造業の離職率26%。定着は給与だけでなく総合的な雇用価値に左右される

給与上昇を見込む一方、それに合わせて採用予算を増やす企業は43%のみ

市場相場の報酬は最低条件にすぎない。それでも39.6%が自社の報酬は競争力に欠けると回答

賞与・報酬の傾向

AI、データ、サイバーセキュリティ、バイリンガル(日本語)人材にはプレミアム

本データでは直接比較できる情報なし

年末賞与2か月分が市場中央値(企業の35%)

主な出典

Salary Guide 2025/2026、Beyond the Paycheque Study(n=337)

Vietnam Hiring Study 2026(n=51)

Taiwan Employer Outlook Report 2026(n=183)

 

この3つのデータは、それぞれ異なる調査設計に基づいており、数値を直接比較することを目的として作成されたものではありません。3市場を同一基準のベンチマークとして比較するのではなく、それぞれの市場が抱える固有の課題や動向を把握するための参考指標として捉えてください。

 

3市場に共通するポイント

調査手法は異なりますが、3市場には共通する構図があります。それは、報酬額だけでは課題全体を解決しにくいという点です。シンガポールでは、給与以外も含めた総合的な雇用価値が人材定着の鍵になります。ベトナムでは、上昇する給与への期待と採用予算の現実とのギャップがリスクになります。台湾では、市場相場の報酬を競争優位と誤認することがリスクです。いずれの市場でも、報酬額だけを戦略のすべてと捉えると、課題の一部しか対応できません。だからこそ、1つの地域共通額を通貨だけ調整して3市場に適用する方法では、それぞれのリスクに十分対応できない可能性があります。

 

リージョナル報酬戦略への示唆

  • 各市場を、最新かつ市場固有のデータを用いて個別にベンチマークする。ある市場で妥当と判断された報酬パッケージが、そのまま別の市場でも通用すると考えない。

  • シンガポールでは、報酬設計とあわせて、給与以外の人材定着施策にも投資する。特に、すでに離職率が高い業界では重要です。

  • ベトナムでは、積極的な採用目標を設定する前に、上昇する給与水準に合わせて採用予算も実際に拡大しているかを確認する。

  • 台湾では、市場相場の報酬を採用競争に参加するための最低条件と捉え、実際に競争力を高めるために、企業ブランドの認知向上と採用精度の向上へ意図的に投資する。

  • リージョナルの報酬ベンチマーキングは、一度きりではなく継続的に見直す。シンガポール、ベトナム、台湾では市場環境の変化するスピードがそれぞれ異なります。1年前には競争力のあった報酬パッケージでも、ある市場ではすでに相場から外れ、別の市場では依然として妥当ということが起こり得ます。

 

次回のリージョナル予算策定前に確認したいチェックリスト

  • シンガポール、ベトナム、台湾それぞれの現在の報酬レンジを並べ、3市場ごとに最新のベンチマーキングを行って設計したものなのか、それとも1つの地域共通の前提を3市場に当てはめたものなのかを確認する。

  • シンガポールでは、特に離職率が高まっている業界・職種について、人材定着策に給与だけでなく、福利厚生、柔軟な働き方、キャリア形成などが含まれているかを確認する。

  • ベトナムでは、翌年の採用予算が、単に採用人数の目標に合わせるだけでなく、想定する給与上昇率に見合う形で実際に増えているかを確認する。

  • 台湾では、報酬水準の引き上げと並行して採用ブランディングへの投資も増えているか、それとも採用競争力の向上を報酬だけに頼っていないかを確認する。

  • 少なくとも年1回など、3市場のベンチマークをまとめて見直す固定のサイクルを設定する。市場ごとに別々のタイミングで見直していると、市場間のギャップを見落としやすくなります。

 

Reeracoen Japanとリージョナル報酬戦略を見直す

Reeracoen Japanは、アジアにおける報酬戦略を検討する際の戦略的な相談窓口です。シンガポール、ベトナム、台湾をはじめとする各地域のReeracoen専門コンサルタントの知見を活用し、市場ごとに報酬水準をベンチマークしながら、自社の戦略を調整するお手伝いをします。現在の報酬戦略について、ぜひ当社コンサルタントにご相談ください。

採用に関するお問い合わせ 

 

よくある質問

シンガポール、ベトナム、台湾で同じ報酬パッケージを使うことはできますか?

いいえ。それぞれの市場では、報酬の動向も、その背景にあるリスクも異なります。シンガポールでは、給与以外を含む総合的な雇用価値が人材定着に強く関係しています。ベトナムでは、上昇する給与への期待と採用予算との間にギャップがあります。台湾では、市場相場の報酬は差別化要因ではなく、競争に参加するための最低条件として機能します。そのため、各市場を個別にベンチマークする必要があります。

 

ベトナムの採用市場における「採用効率のパラドックス」とは何ですか?

Reeracoenの「Vietnam Hiring Study 2026」では、企業の84%が2026年に新規採用者の給与が上昇すると予想している一方、それに応じて採用予算を増やす予定の企業は43%にとどまっています。その結果、採用活動に使えるリソースが比例して増えないまま、より高い報酬で、より多くの人材を採用することが求められる状況が生じています。

 

台湾では、給与を引き上げるだけで採用や人材定着の課題を解決できますか?

いいえ。Reeracoen Taiwanの「Employer Outlook Report 2026」によると、現在の市場水準(年間昇給率2.1~4.0%、賞与約2か月分)を満たすことは、採用上の障壁を取り除くにすぎません。実際に採用競争力を高めるには、企業ブランドの認知度や採用の精度も同等、またはそれ以上に重要です。

 

シンガポールの製造業では、賃金が上昇しているにもかかわらず、なぜ離職率が高いのでしょうか?

Reeracoenの「Salary Guide 2025/2026」では、2025年のシンガポール製造業の離職率は26%でした。また、Reeracoenの「Beyond the Paycheque」調査では、従業員が挙げる定着要因として昇給が最上位である一方、福利厚生、柔軟な働き方、キャリア形成などの非金銭的要素も強く重視されています。このことから、給与だけでは同業界の人材定着の課題を解消できていない可能性が示唆されます。

 

この3市場の報酬データは直接比較してもよいですか?

厳密に同等の数値としてではなく、方向性を示すデータとして捉えてください。3つのデータは異なる調査手法・設計に基づいているため、市場間の傾向を把握するうえでは参考になりますが、パーセンテージ同士をそのまま厳密に比較する際には注意が必要です。

 

著者について

Valerie Ong(ヴァレリー・オン) / Reeracoen Group Regional Head of Marketing

Valerieは、Reeracoen Groupのアジア全域におけるコンテンツ制作と市場分析を統括しています。Reeracoenの各分野に精通した採用コンサルタントと緊密に連携しながら、採用データ、給与水準、労働市場の動向を、企業やビジネスパーソンが活用できる実践的な情報として発信しています。その活動には、「Salary Guide」「Hiring Pulse」「Hiring Manager Survey」をはじめとする、Reeracoen独自の調査データが活用されています。

 

参考資料

 

免責事項

本記事は、公開時点において信頼できると判断した一般公開情報およびReeracoen独自の調査に基づき、Reeracoenが作成したものです。一般的な情報提供および教育を目的としており、専門的な人事、法務、財務に関する助言を提供するものではありません。本記事で使用している数値は、3市場で異なる時期に異なる調査手法を用いて実施された4つの調査から引用しています。そのため、市場間の比較は厳密に同等の数値としてではなく、方向性を示すものとして捉えてください。事業上の意思決定を行う際は、各社の状況に即した専門家の助言を受けることを推奨します。市場環境は変化する可能性があり、本記事の情報は公開日時点で入手可能なデータに基づいています。